地雷爆発

  • 2002.04.14 Sunday
  • 05:37
グループのメンバーと喧嘩をしてしまった。

わたしはグループの会計を任されているのだが、取りまとめ先に先月分の会計報告を忘れてしまったのだ。
 それが発端だと思うのだが、メンバーから電話がかかってきて、開口一番「グループがぐちゃぐちゃになっているので、一度話し合いをしたい」と言われた。確かに会計報告が遅れたのはわたしのミスだ。だけど、かわりに領収証を受け取ったからといって「グループについて考えないといけない時期に来ている」とまで言わなくていいじゃないか、と、ついついカチンときてしまったのである。

「あんたにグチャグチャなんて言われたくない」

…とは言わなかったものの、限りなくそれに近い言葉を投げつけてしまった。
その後、グループのリーダーがなんとか取り持ってくれたのだけれど、やっぱり後味が悪かった。
利害関係の無い、ほんの少人数のグループでもモメゴトが起こるんだもの、人づきあいってやっぱり難しい。

お通夜にて

  • 2002.04.14 Sunday
  • 05:08
職場のご家族の方に不幸があって、お通夜に参列してきた。

焼香が終わって、お坊さんのお話があったのだが、その中の言葉で「人様や仏様に手を合わせているつもりが、実は自分の欲に手を合わせてはいないでしょうか」というのがあった。

私の通っている自助グループでは、本の読みあわせをするのだが、その中にも「私の意志が行われるのではなく、神の意志が行われますように」とある。ははあ、言っていることは一緒だなあ、と感じた。
「実際、つまらない欲をかいても結局は身にならないし、「面倒だなあ」と思うほうを選択したほうが、自分にとってプラスになることが多いものだ。

「神」なんて言われると、あやしい新興宗教じゃないかと疑ったりもしたが、このグループの発祥がアメリカなので、文化の違いもあるし、とっつきにくいところがあるのは仕方が無い。

わたしは、信仰をもつこと自体は、ひとつも悪いことではないと思う。信じる対象を間違えたり、むやみに押し付けたりすると人様に迷惑をかけることになる。そのへんの見極めがむつかしかったりするのだが。

どうしても手に入れたいもの。

  • 2002.04.06 Saturday
  • 15:56
それさえ手に入れば、すべてうまくゆくはずのもの。

でも、決して自分のものにはならない、そう認めるのはとても辛いことだった。
なぜなら、今までの自分の考え方、生き方の基準としていたものをすべて捨てなければならなかったから。

今度こそ、うまくいくかもしれない、そうやって何度ダメになったことだろう。

わたしは、まだ余計なものにしがみついていないだろうか。

夢とか目標とか、それは今日をよりよく生きるためのひとつの道具に過ぎないのであって、それらにしばられるものではないのだ。

ロバを連れた親子

  • 2002.04.06 Saturday
  • 15:15
有名なイソップ童話のなかの話。
父と子がロバを連れて歩いていると、通りすがりの人から「せっかくロバを連れているのに、どうして乗って行かないんだ?」と言われたので子どもをロバに乗せてみると、今度は別の人から「親を思いやらない子だ」と批判された。
それではということで父が載ってみると、これまた「子どもを歩かせるなんてひどい親だ」、ついにふたりがロバの背にまたがると、「ロバがかわいそうだ」と避難され、嫌気のさした二人はロバを川へ放り込んで流してしまった…
だいたい、そんなあらすじだったはず。

自分が人からどう思われているかということばかりに囚われていた時期があった。人なんて、それぞれ勝手なことを言うものだ。そのときの機嫌の良し悪しで考えだって変わるだろう。だけどそれが受け入れられずに、他人からの評価にとらわれてしまって、いつもおどおどしていた。
そのくせ、期待通りの反応が返ってこないと、「自分はこんなに無理をしているのに」と相手を逆恨みしていた。

卑屈になるのでも、上から見下ろすのでもなく、相手の立場になって声をかけてあげること。受け入れられたら「もうけもの」だし、はねつけられても、わたしはわたし。
だって、自分が納得して起こした行動だもの。

口はひとつ、目と耳はふたつ

  • 2002.04.02 Tuesday
  • 21:00
言いたいことがあるのだったら、その二倍は人の話を聞き、まわりを見ましょう、ということなのだろう。

わたしが自助グループのミーティングに出席し始めた頃は、「何かを喋らなければいけない」と緊張してばかりだった。少し慣れてくると、今度は愚痴や不満を吐き出したくて仕方なかった。人の話が耳に入りだしたのは、しばらく経ってからのことだ。

それにつれて、ミーティング場は「自分の膿を出すところ」から、「人のパワー(またはときどき毒気)を一緒に持って帰る(または持って帰ってしまうところ)」に変わってきた。
「わたしはあの人とは違う」と思っていたのが「あれはわたしの過去の姿であり、同時に未来の姿かもしれない」と感じるようになった。

わたしたちの五感は、外の世界を認識するためにあるのだろう。今までのわたしは、自分の内面や過去を見つめようとして、ひたすら自分の頭の中で「ああでもない、こうでもない」と考えてばかりいた。

ほんとうの自分とやらがどんなものなのかまだよくわからないが、とにかく今の時間を大切にしていきたい。

吐く辛さ、吐かない辛さ

  • 2002.03.30 Saturday
  • 20:18
やけくそになって食べて吐いて、すさまじい自己嫌悪にさいなまれるのは辛い。「もう二度とこんな思いはするまい」と、いったい何度決心したことだろう。そうやって我慢するのも辛くて、その辛さに耐え切れず、また大量の食べ物を買い込んでしまう、そんなことの繰り返しだった。

一度身についてしまった習慣を変えるのは、苦しいことだ。
わたしを過食へと駆り立てるものは、おもに不安と怒りだ。これらは決してわたしの心の中から消えてなくなることはないだろう。でもそろそろ安易に逃げてばかりはいられない。

理不尽な思いをすることは沢山ある。どう考えても、わたしの怒りは「無理もない」と賛同してほしいし、それが当たり前だと思うことがある。

しかし、わたしはおそらく、不安や怒りに対する自分へのブレーキが効かないのだ。その証拠に、相手を攻撃しなければ今度は「気晴らし」を口実に自分自身を傷つけてしまう…過食嘔吐というかたちで。

以前、職場の人から声をかけてもらったことがある。
「最近、調子が良くなさそうだけど、もしかして職場の人間関係が原因じゃないの?」

その人は、わたしが苦手としている人と仲が良かった(そう思い込んでいた)。「あなたのことを○○さんから(その「お局様」)から色々聞いたのだけれど」。良い内容ではないことは容易に想像がついた。

「一度、声をかけようかと思っていたけれど、あの部屋じゃ話ができないしね。なにか心配ごとがあったら、いつでも来なさい。」

彼女は話を鵜呑みにせず、事情を察してくれていたのだ。

私が怒りをぶつけなくても、どこかでわたしを見ていてくれる人、理解してくれる人は必ずいる。そう実感できて、わたしは涙が出そうになった。

「ありがとうございます。」

以前は、何か言葉を発したくても、それが喉のあたりで止まってしまっていた。事実、喉がつっかえたような、重苦しい感触に不愉快になったものだ。

今は、少しずつ、声に出す練習をしている。わたしが変わってゆけば、周りもきっと変わる、そう信じて。

ありがとう。

  • 2002.03.25 Monday
  • 21:08
昨日までの日記を読み返して、「またえらそうなことを書いているな」と反省してしまった。

なんとか、今は過食症に振り回されずに済んでいるけれど、これも一人ではとうてい続かないだろう。

現在、私はアルコール依存症の人たちの自助グループに参加している。年齢や生活環境や症状の程度、そしてものの考え方も本当にさまざまだが、「飲まなくても幸せになれるような生き方をしたい」という願いは同じである。
参加してしばらくの間は、まだゲーゲーとトイレに吐いていたのだが(汚くて御免)、長い間飲まずに生活している人たちを見ていて、少しずつ変わることができた。私が、もっとこの人の話を聞いてみたいなと思う人は、やっとの思いでつかんだ命綱を、一人でも多くの人に知らせて、その手に握らせたいと懸命に活動されている。あるいは、表面上は弱みを見せていないようでも、心の中で必死に誘惑と戦っている。

そんな人たちを見ていて、吐くのが面倒くさくなってしまったのだ(表現が悪いかな)。

だから、わたしが泣かないでいられるのは、みんなのおかげなのです。

口実

  • 2002.03.25 Monday
  • 20:53
過食症になって身に付いたのは、言葉巧みな言い訳だった。

食べ吐き自体、やはり自分自身でも異常な行為だと思っていた。しかし、たとえ歪んだストレス発散の方法とはいえ、そうでもしなければやっていられなかった。

このジレンマを解消するために、ありとあらゆる理由を考えた。

「自分のお金でやっていることで、人に迷惑をかけてはいない」

「ムシャクシャしたことがあった、これはやけ食いのほんの延長だ」

「過食でもしないとやっていられないし、自分を責めても仕方ない。」

振り返ってみて、我ながらよく生き延びてこれたものだと思う。あの頃の自分を否定するつもりはない。

 だけど、私は「自分にとって本来の、本当に気持ちいいこと」が何なのかという判断を失っていた。

他人に迷惑をかけていない、と言い張っていた自分へ。
一番深く傷つけたものがある。

それは自分の身体と心だ。

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