処方せん変更(1年8ヶ月ぶり)

バセドー病とのお付き合いももうすぐ8年。
ずっと投薬治療を受けていますが、今回の診察の結果、毎日1回1錠の処方から、1日おき1錠に変更になりました。

ブログを読み返すと前回の記録が昨年3月になっていますので、1年8ヶ月ぶりの減薬です。
今後も血液検査の結果次第ではまた薬の量が増える可能性はありますが、おかげさまでバセドー病が原因と思われるような自覚症状もなく、日常生活に支障なく過ごせています。治療の最初の頃に悩まされた体重の急な変動もなくなりました。

ケガと違って「何ヵ月後にこの程度良くなる」といった見込みの立てにくい病気ですが、その点については私はメンタルの病気で経験済みでしたので、診断を聞いたときも「まあぼちぼち行くしかないな」と気持ちを切りかえることができました(これが不治の病だったり、スポーツを生業にしている方だとそうは行かないと思いますが……)。

今後の血液検査の結果ではまた薬の量が増える可能性はありますが、その時はその時。これまでと同じように身体や心からのサインを見逃さないようにつとめていきたいです。

自分の話を出しきるが先

グループとは別のお付き合いの知人から聞いた話。

Aさんは成り行きから、ある聖職者を招いて講演会を主宰することになりました。

参加者と講師との親睦をメインにしたいので、講演会の後に食事会を設けようとAさんは考えました。少人数でゆっくり交流してもらうほうが良いと思い、あえてネットは使わず、クチコミだけで宣伝をしました。

おおよそ見込みどおりのほどよい人数に落ち着きました。申込をしてくれた人に案内はしたし、会場にも確認済み。やるだけの準備はやった。当日はなんとかうまくいくだろう…と思っていました。 ところが。

あれだけ事前の申込が必要だと知らせていたのに、当日になって押しかける人が何人も現れたのです。
ある程度予想はしていたものの、その予想を大幅に超えてしまいました。講演会はまだ良いとして、親睦会は食事の都合があります。

何よりもAさんが驚かされたのは、そうやって急に押しかけてきた人の態度でした。

せっかく来てくださったのだから、なんとか対応してあげたいとは思う。 しかし、希望どおりに対応したのにお礼のひとつもない。悪く受けとりたくはないけれど、来ればなんとかなるわ、おカネは払ったんだからいいでしょ、と言わんばかり。それは社会人のお付き合いとしてどうなんだろう?

あるいは、講演会が終わるや否や講師をつかまえて一方的に自分の話を始めたり、親睦会の場なのに、講師を独占して話しこんでしまう人が何人もいました。

終了後には、イベントの経験が浅いとはいえ、こんなに疲れるものとは…とグッタリしたそうです。

Aさんがすごいなと思ったのは、それでもめげずに以後何年にもわたって定期的に講演会を主宰したことです。

経験を積むうちに、「聖職者から生き方についての話を聞きたいと思ってやって来るぐらいの人だから、他の人への配慮ができる人たちが集まるだろう」という最初の思い込みがそもそも間違っていたこと、いや、そういう人たちもいるけれども、講師の話を聞きたいのではなくて、「自分の話を誰かに聞いてほしい人たち」もたくさん来るのだと悟ったそうです。そういう人たちは、おおむね他人の立場を配慮する余裕がないのだと。

私はAさんのお話を伺いながら、私たちのような病人どうしの集まりならともかく、普通の人たちの間でさえも、その程度のことは起こるのだなあと興味深く聞きました。

私も確実に「困ったちゃん」の一人でした。
ミーティングに行き始めた頃も、人の話なんか耳に入らなかったし、時間配分なんか考えもしなかったし。

ただ、どこかのタイミングで、自分のお酒の問題、自分の食べ物の問題、「そうやってグチグチ他人の批判をする自分ってどれほどの存在よ?」とハタと気づかされる瞬間がありました。正確には覚えてないけれど。

私たちのグループに残る人たちも、人それぞれタイミングは違いますが、そのような経験をしたのだろうと思っています。

ミーティングの数少ないルールのひとつに「クロストークはしない=人が話している最中に口を出さない」というものがありますが、実によくできたルールだと思います。それだけ人の話を聞き続けるのは難しい。人の話を聞いて浮かんでくる自分の感情を受け止め、向き合うのも難しい。

これからも私はミーティングでたくさんの人の色んな話を聞くでしょうが、昔の自分がどうだったかを忘れないでいたいです。

しかし、Aさんの話を聞いて、自分が覚えていないだけで、人様に対して義理を欠いたり、配慮のないふるまいをたくさんしたのだろうと反省しております。

自分の感情をたしかめる

慎重に考えて行動したからうまくいった時もあれば、じっくり考えていたらタイミングを逃してしまった時もある。

まずは行動よ、と実践してみたらうまくいったこともあれば、やはりもっと策を練っておくべきだったと反省させられたこともある。

気が進まないけれど人からアドバイスされてその通りにしてみたらだんだんやる気が出てきたこともあるし、
ああ、やっぱり自分が納得してからにするんだった、でもどこにも文句の言いようがないし……とがっくりきたこともある。

相手も人間、いつでも誰とでも100%うまくいくコミュニケーションの方法なんてない……こんな当たり前のことが、いい年になるまで分かりませんでした。
でもそれが実感できてから、人と付き合うのがぐっと気楽になりました。

それともうひとつ。
いま心がけているのは、 自分はどうしたいと感じているのか、本音をしっかり自分自身に問いかけることです。

世の中、思いどおりにできることのほうが少ないですが、「それでも自分はどうしたい?どう感じている?」と胸に手を当てて確かめるのは私にとって大切なのです。

人からよく見られたいとか、他の人から特別と思われたいという気持ちが行き過ぎていないか?

そのような気持ちは誰にでもあるでしょうし、それ自体が悪いとは思いません。要は程度の問題です。

私には相手の顔色を伺い過ぎるという癖がありました。物心ついた頃から。

摂食障害に苦しんでいた10代から20代は、ほぼすべての行動の基準が「相手に嫌われないだろうか」「相手は私を特別な存在としてみなしてくれるだろうか」でした。
それが一番の動機にあって起こした行動は、ますます過食の症状を進行させ、自分の心も身体も傷つけてしまいました。

どうしたって批判されるときはされるし、地雷を踏むときは踏んでしまうし。

そんな時はやっぱり落ち込みます。でも、100%うまくいく方法なんてない、自分の本音をたしかめる……この2つのことが納得できてからは、昔ほどは引きずらずに済むようになりました。

「それでも自分はどうしたい?どう感じている?」

この言葉は、私の相談事にのってくださった親しい先輩メンバーから頂いたアドバイスです。
私の理解するハイヤーパワーからの言葉でもあると受け止めて、これからも生き方の指針のひとつとして守っていきたいです。

あらためて一人のメンバーとして

自分の所属するOAグループの役割分担を少しずつメンバーに引き継いで参りましたが、おかげさまで年内にはすべて完了する見込みとなりました。

ひとつのグループを立ち上げた当事者として、もうすこし名残り惜しいものがあるかと思っていましたが、意外にスッキリ、爽やかな安心感につつまれております。

これも心よくバトンを受け継いでくれたメンバーのおかげです。感謝です。

2、3年前にも同じようなことを試みました。
世代交代(と書くとちょっと大げさですが)が必要と考え、当時のメンバーに各係を分担して頂けないかお願いしたのですがうまくいかず、逆にレギュラーメンバーの減少という結果を招いてしまいました。

あの時は個人的にシビアな出来事が重なっていました。今思えば私は精神的にかなり疲れていて、グループ維持のための手続きや手順は決して複雑なものではないのに、なぜか一つひとつを負担に感じていました。

でも、もしあの時にやけっぱちになって投げだしたり、あるいは去っていったメンバーにこだわっていたら、きっとあの時点でグループも私もつぶれていたと思います。

やはり何事もタイミングがあるのだと再認識させられました。

先日のミーティングはあいにく参加できなかったのですが、次の日に会場のお世話役を務めてくれた仲間から「たとえ人数は少なくとも、会場を開け続けて良かった!」という報告を頂きました。

メールを読んで、私がグループを始めた頃の気持ちを思い出させてもらいました。とてもうれしかったです。

一方で、彼女が今回感じたようなサービス活動のよろこびを、もっと早く伝えられたら良かったのだろうとも反省しました。

ミーティング会場を提供する役目を経験して約10年。
これからは居場所を求めてやって来る人と、その人たちを迎える仲間を静かに見守る立場となるよう努力しようと思います。

主治医からは「何かあったときにメンバーから頼りにされる……という存在になれたらよいですね」とアドバイスされました。うんうん。小さな親切大きなお世話、にならないようにしないといけませんね。

メリットとデメリット

お盆も過ぎ、台風も過ぎ、朝晩はようやく涼しい風が吹くようになりました。
それで気が抜けてしまったのか、夏の疲れがどっと出ています。

先日、かつて勤めていた会社の先輩に声をかけて頂き、何年ぶりかに食事をご一緒しました。 話題の中心は先輩の職場のことでしたが、ここ数年で急速に様変わりしたとのこと。

私がその会社に勤めていたのは、もう10年近く前になります。

決して前向きな理由で辞職したわけではなかったし、先輩からは「やっぱり辞めなければ良かったのに…」と言われましたが、お話を伺いながら、もしあの時に踏みとどまっていたにしても、そんなに長くは続かなかっただろうと思ってしまいました。

しばらくは「辞めたのに、なぜか元の職場にかり出されている。なのに給料がもらえない」とか「会社にたどり着けない、電話がつながらない」いう夢を何度も見ました。
目覚めたあとに、ああ夢か、とホッとしたとたん、動悸がしたものです。

そういえば最近は前の職場の夢を見なくなったなと気がついたのは、昨年あたりからでしょうか。

そういう環境の中で、先輩と一緒に仕事ができた時期が、いちばん落ち着いて過ごせました。

先輩のなにげない一言に気づかされたり、救われたりしたことが何度もありましたし、こうして今でもご縁が続いていることにとても感謝しています。

転職するとき、主治医からは「何かを得ることは、何かを失うということですからね」と言われました。収入が落ちるのを承知で、私は自分の健康を選択しました。
正直、もう少し早くうまく行くようになるかなとは思っていましたが、朝や月曜日が辛くなくなったことは、人生の中でメリットだったと思うようにしております。

近いうちに新しい仕事が加わるかもしれず、そのことが最近の体調にも少なからず影響しているのだと思います。

この年令になって、急に才能が開花した!などとうまい話が降って沸くわけがありませんが、時間を味方につける根気は、若い頃に比べてついてきたとも感じています。

過度に不安になることなく、頭も身体も柔軟に対応していければいいなと思います。

訃報に接して

顔見知りのメンバーが亡くなったとのお知らせが、人づてに届きました。

県外の方で、もう何年もお会いしていなかったのですが、私の周りにはその方と親しかったメンバーが何人もいます。
遠方のイベントにも積極的に参加されるなど、お元気な姿しか印象になかったのでとても驚きました。

飲まずにあの世に行かれたんだから…と頭ではわかっていも、まだまだ年配と呼ぶようなお年でもなく、モヤモヤした気持ちです。残念です。

そういえば私がたいへんお世話になった先輩メンバーも同じような年代、同じような病気で旅立たれました…。

猛暑続きでクーラーのきいた部屋でひっくりかえっていましたが、AAグループやメンバーとの出会いや関わりがなければ、おいしくもないお酒を飲みすぎてひっくりかえっていたかもしれないわけで(ひっくりかえるだけじゃ済まないか)、地味で平凡な生活ってありがたいんだ、当たり前のことじゃないんだなあとしみじみ感じています。

つつしんでご冥福をお祈りいたします。

先回りしない

グループの運営を次の仲間に引き継いでそろそろ半年経ちます。

ただいま、ちょっとした問題が起こっております。

でも、お任せした以上は先回りせず、口出しせず。ここはぐっとこらえて見守ることにしました。

とはいえ、このままでは初めてミーティングに行ってみようか?いう方々に迷惑をおかけする恐れがあるので、先輩のメンバーに相談して、地元のもう一つのグループに協力していただきました。
おかげさまで、今月はなんとかメドがつきました。

気がついた私がその問題を片付けることもできました。でもそれでは引き継いだ意味がないし、長い目でみてグループのためにもよくありません。

10年前、自分が前面に出て張り切ってグループを切り盛りしていた頃を思い出します。ずいぶんと肩に力が入っていました。

あの頃の熱意と今とでは、うまく言えないけど、かなり違います。

私は私のやり方。仲間には仲間のペース。仕切らない、仕切らない。

いま、待つこと、根気が大事なことを、あらためて学ばされています。

単発バイトに挑戦

先日、一日限りのアルバイトをしてきました。

今年は長い夏休みを取ると決めていたので、気合いを入れてお金を稼がなきゃいけなかったことと、

今のお仕事は夫のおかげで私の体調にとても配慮しもらいながら務めているので、そろそろ違う環境で働いてみるのも今後のために良いんじゃないか?という気持ちがずっとあったからです。

しかし、元来新しい環境に身を置くことに過大なストレスを感じる私のこと、電話でアポイントを取った後になって「これと言った資格もないしなあ」「やっぱり若いお嬢さんの方が重宝されるんじゃ…」とあれこれ考える始末。なにより、以前の仕事を辞めた最大の理由がメンタルを思いきり痛めたことだったので、せっかく取り戻しかけた自信がくだけてしまったらどうしよう?という不安が大きかったのです。

派遣や短期バイトの経験が豊富な友人に相談すると、「正社員志望ならあれこれ聞かれることもありますけど、単発でしょ?タメ口しか聞けないとか、うつ向きっぱなしで会話が成立しないとかなら別ですけど、大丈夫ですよー」とアドバイスされました。

それでも緊張しながら面接を受けたのですが、実際は友人の言うとおり、淡々としたものでした。ああ良かった。



そしてバイト当日。



とにかく、与えられた仕事を時間内に黙々とこなせばよかっただけ。あっさり終了しました。

最低限の挨拶をしておけば良いだけで、休憩時間もあれこれ話しかけてくる人もいなくて(むしろ、ヘッドフォンをつけたりテーブルに伏せて仮眠してたり、「どうぞお構い無く」アピールをしている人もいたくらい)、つまり人間関係がほぼ無い。

先に相談した友人にお礼がてら報告すると、「そこまであっさりしてる職場も珍しいかも。私がサービス業がメインだったのもあるけど」とのこと。

なんにしろ、私の精神的リハビリにはちょうど良かったです。

ほんとにね、仕事はお金を稼いだり人の役に立つ為にすることであって、自分を壊してまで行くところじゃありませんね(学校だってそうだよ)。

後日、主治医の診察の時に「前の仕事を辞めた時は、ホントに私はダメ人間だと思ってたんですけど、仕事をすることそのものが嫌いな訳じゃなかったんだってことが改めて分かりました」と報告しました。

その後も定期的に募集が来るので、都合のつくときに出勤しています。先生にも期限を決めず、焦らずと言われているので、今の生活ペースを維持しながらやっていこうと思います。