人智を超えた力

  • 2016.04.18 Monday
  • 23:54
ここ数年、知人やお世話になった先輩方の訃報をきくことがあきらかに増えてきました。自分も若くないのだと感じます。

私は他人と比べて飛び抜けたスキルがあるわけでもなく、なにか熱烈な使命感を持っているわけでもない。けれど、大きな事故や災害に遭わずに、今こうして生きていられるだけでもありがたい…

と思っていたところへ、またもや大きな震災が我が国で起こってしまいました。

私の住んでいる地域も本震のときは震度4を記録しました。夜中にスマホのアラーム音でたたき起こされ、直後にユラユラと…。結局、明け方まで寝付けませんでした。たった一回の揺れでこれですから、被災された方々の疲労を思うと胸が痛みます。

もう10年近く前になりますが、夫婦で大分から熊本までドライブをしました。休憩のときに見上げた満天の星空と、翌日訪れた阿蘇山の景色は良い思い出です。その晩に偶然通りがかった直販店で馬刺しを買い求め、さっそく宿泊先で頂きました。めっちゃ美味しかったです。

ネットやテレビからの情報ですが、5年前の震災の時に、自分にとってはかなりのストレスだったことに(だいぶ後になって)気がついたので、今回はそこそこの時間で切り上げるようにしています。日々の社会生活に差し障ると本末転倒ですもんね。

あらためまして、一日でも、少しでも早く、被災地の皆さまのご不便が減っていくことを願っています。

更年期の気配が…

  • 2016.02.26 Friday
  • 23:53
毎月かならず「体調がすぐれないウィーク」がやってくるのですが、半年ぐらい前から、自覚症状がこれまでとは明らかに違ってきました。

これは、いよいよ更年期か……。

昔、お世話になった職場の先輩から「40代中盤からの下り坂は、ほんとにドラマチックよ!」と伺ったことがあり、なにより体力とメンタルが人並み以下である私のこと、何か変わったことがあったらすぐに病院に行こうと、前から決めていました。

胸の張りや痛みが強くなってきたのが心配でした。私の母が、70を過ぎてからですが乳がんの手術をしていますし、同じ程度の症状が2、3ヶ月続きましたので、先日婦人科を受診しました。

結果は「異常なし」。年齢による症状の変化でしょう、とのことでひと安心。ただし検診は毎年受けるように言われました。

だがしかし、問題は精神面です。

夜中、とくに理由はないのに、今の現実の生活に何か支障があるわけでもないのに、急に悲しくなって、ぼろぼろ泣いてしまうのです。翌朝になると「はて、なんだったんだろう」という感じ。

困ったことに、この感情の波が「体調がすぐれないウィーク」(はっきり書くと生理前)に関係なく襲ってくるようになりました。

頭では「また波がきた」と分かっていてもスイッチが入ると止まりません。

ああ、やっぱり私は心に出るのか。

ということで、長年お世話になっている精神科の主治医に相談しました。

「うーん…生理の周期が安定しているのなら、まだ更年期とは言わないんですが…まあ、そうしたことが続くのはしんどいですよねえ。どうしましょう。漢方薬がありますが、飲んでみますか?」と言われ、このたび処方して頂きました。

気持ちの問題もあるかもしれませんが、おかげさまで身体の症状はだいぶ軽くなりました。

ただ、「涙ドバー」スイッチはすぐには収まらず。つい2、3日前も鼻水を垂らしながら泣いてしまいました。

昔だったら、これが涙スイッチじゃなくて過食嘔吐スイッチだったのでしょうが、もしそんなことをしたら、もう年齢的に内臓がもたないはず。不幸中の幸いといっていいのか分かりませんが。

今はまだ夫が「おお、またかー」となだめてくれますが、やはり限度があるでしょうし、 そのうち怒りの症状に変化して、夫や赤の他人に八つ当たりするようなことになれば、とんだ迷惑です。それは避けたい。自分が若い時に、そういうタイプのお姉様方から嫌な思いをさせられてきましたし。

しかしまあ、これからどんな下り坂になるのやら。こういう時は、無理に気持ちを上げようとすると逆効果。悪いときは悪いなりにやり過ごすしかないのでしょう。折り合いをつけながらやっていきます。

節目に思う

  • 2016.01.27 Wednesday
  • 19:37
私の過食嘔吐がおさまって最後の日から数えて、おかげさまで丸14年が経ちました。

じつは当日はそのことをすっかり忘れていて、仲間から丁寧なお祝いメールを頂いて「あ、そうだったか」と気がついた次第。

その頃に生まれた人が中学生ですよ。 それでも私が過食嘔吐をしていた期間のほうがまだ長いわけで、このような節目のときに振り返ってみても、一言ではたやすく表現できません。

食べ吐きが止まってから、お酒が止まってから、良いことはたくさんありました。そして、しんどい出来事も起こりました。

とくに昨年は、5年、10年に一度あるかないかというぐらいの、

とっても素敵なこと

と、

すさまじく理不尽なトラブル

がいっぺんに起こりました。※宝くじに当たったとか破産したとかいうわけではありません。

それでも調子に乗って飲んだりとか、やけを起こして逆戻りしたりせずに持ちこたえられたのは、昔に比べて少しは要領良く災難に対処できるようになったからかもしれません。
何よりも自助グループや主治医の先生、そして、夫のおかげと感謝しています。やっぱり、ミーティングはいいです。直接その問題を話すわけじゃなくても、メンバーと話すことで気晴らしになりましたしね。

ミーティングに行き始めて間もないころ、何年もお酒を止めている人たちが口を揃えて「今日一日」と言っているのを聞いて、なんでみんな同じことを言うんだろう、もしかしたら他にコツがあるのに、わざと秘密にしてるんじゃないの?などと思っていました。

しかし今は、なるほど「今日一日」だなと感じます。たとえすぐに解決できない問題を抱えていて、朝目覚めて「あー…現実に変化ナシかあ」とげんなりしても、今日一日。

今の自分ができるかぎり、地道に、身体的にも精神的にもバランスの取れた生活をしたいと思います。

…今年は地味でもいいので、穏やかな一年でありますように。

今年も無事に…

  • 2015.12.22 Tuesday
  • 01:06
この前CDショップへ行ったのですが、聴き覚えのある曲がどれも軽く10年〜15年近く前のものと分かり驚愕しております。私の脳内時計が順調に狂っているのではないかと思うくらい、一年が早いです。

さて、ここ数年は良く言えば無難な、悪く言えば停滞気味な日々を送っていましたが、今年は久しぶりに公私ともにイベントの多い一年でありました。

旅先も含め、人との出会いも多くありました。
「健康で、心にゆとりのある人って、ほんとに自然に気配りができるんだな」と改めて感心させられましたし、振りかえって、昔の自分が他人に対していかに雑だったかを思い知らされました。

過食嘔吐の沼……ときには妙に心地よく感じられた沼…にはまって15年。なんとか沼から這い出そうと行動に移して15年。

お酒や過食の問題がおさまって情緒も安定してくれば、対人関係のスキルが上がったり、とってもエネルギッシュで前向きな考え方が「自然と」できるようになるのではと期待していましたが、やはり持って生まれた性格があるようで、私は私なりにやっていくしかないのだ、とあきらめがつきました(良い意味で)。

人にまったく迷惑をかけずに生きることはできないけれど、相手の立場になって物事を考えられる人間でありたいし、調子の悪い時であっても、最低限の常識と礼儀をもってふるまえる大人でいたいです。

と、いうことで。

おそらく、これが今年最後の記事になるかと思います。

ろくに更新のないブログですが、ご訪問ありがとうございます。

みなさまにとって、来る年も健康で平安な一年でありますように。

処方せん変更(1年8ヶ月ぶり)

  • 2015.11.23 Monday
  • 17:31
バセドー病とのお付き合いももうすぐ8年。
ずっと投薬治療を受けていますが、今回の診察の結果、毎日1回1錠の処方から、1日おき1錠に変更になりました。

ブログを読み返すと前回の記録が昨年3月になっていますので、1年8ヶ月ぶりの減薬です。
今後も血液検査の結果次第ではまた薬の量が増える可能性はありますが、おかげさまでバセドー病が原因と思われるような自覚症状もなく、日常生活に支障なく過ごせています。治療の最初の頃に悩まされた体重の急な変動もなくなりました。

ケガと違って「何ヵ月後にこの程度良くなる」といった見込みの立てにくい病気ですが、その点については私はメンタルの病気で経験済みでしたので、診断を聞いたときも「まあぼちぼち行くしかないな」と気持ちを切りかえることができました(これが不治の病だったり、スポーツを生業にしている方だとそうは行かないと思いますが……)。

今後の血液検査の結果ではまた薬の量が増える可能性はありますが、その時はその時。これまでと同じように身体や心からのサインを見逃さないようにつとめていきたいです。

自分の話を出しきるが先

  • 2015.10.25 Sunday
  • 00:07
グループとは別のお付き合いの知人から聞いた話。

Aさんは成り行きから、ある聖職者を招いて講演会を主宰することになりました。

参加者と講師との親睦をメインにしたいので、講演会の後に食事会を設けようとAさんは考えました。少人数でゆっくり交流してもらうほうが良いと思い、あえてネットは使わず、クチコミだけで宣伝をしました。

おおよそ見込みどおりのほどよい人数に落ち着きました。申込をしてくれた人に案内はしたし、会場にも確認済み。やるだけの準備はやった。当日はなんとかうまくいくだろう…と思っていました。 ところが。

あれだけ事前の申込が必要だと知らせていたのに、当日になって押しかける人が何人も現れたのです。
ある程度予想はしていたものの、その予想を大幅に超えてしまいました。講演会はまだ良いとして、親睦会は食事の都合があります。

何よりもAさんが驚かされたのは、そうやって急に押しかけてきた人の態度でした。

せっかく来てくださったのだから、なんとか対応してあげたいとは思う。 しかし、希望どおりに対応したのにお礼のひとつもない。悪く受けとりたくはないけれど、来ればなんとかなるわ、おカネは払ったんだからいいでしょ、と言わんばかり。それは社会人のお付き合いとしてどうなんだろう?

あるいは、講演会が終わるや否や講師をつかまえて一方的に自分の話を始めたり、親睦会の場なのに、講師を独占して話しこんでしまう人が何人もいました。

終了後には、イベントの経験が浅いとはいえ、こんなに疲れるものとは…とグッタリしたそうです。

Aさんがすごいなと思ったのは、それでもめげずに以後何年にもわたって定期的に講演会を主宰したことです。

経験を積むうちに、「聖職者から生き方についての話を聞きたいと思ってやって来るぐらいの人だから、他の人への配慮ができる人たちが集まるだろう」という最初の思い込みがそもそも間違っていたこと、いや、そういう人たちもいるけれども、講師の話を聞きたいのではなくて、「自分の話を誰かに聞いてほしい人たち」もたくさん来るのだと悟ったそうです。そういう人たちは、おおむね他人の立場を配慮する余裕がないのだと。

私はAさんのお話を伺いながら、私たちのような病人どうしの集まりならともかく、普通の人たちの間でさえも、その程度のことは起こるのだなあと興味深く聞きました。

私も確実に「困ったちゃん」の一人でした。
ミーティングに行き始めた頃も、人の話なんか耳に入らなかったし、時間配分なんか考えもしなかったし。

ただ、どこかのタイミングで、自分のお酒の問題、自分の食べ物の問題、「そうやってグチグチ他人の批判をする自分ってどれほどの存在よ?」とハタと気づかされる瞬間がありました。正確には覚えてないけれど。

私たちのグループに残る人たちも、人それぞれタイミングは違いますが、そのような経験をしたのだろうと思っています。

ミーティングの数少ないルールのひとつに「クロストークはしない=人が話している最中に口を出さない」というものがありますが、実によくできたルールだと思います。それだけ人の話を聞き続けるのは難しい。人の話を聞いて浮かんでくる自分の感情を受け止め、向き合うのも難しい。

これからも私はミーティングでたくさんの人の色んな話を聞くでしょうが、昔の自分がどうだったかを忘れないでいたいです。

しかし、Aさんの話を聞いて、自分が覚えていないだけで、人様に対して義理を欠いたり、配慮のないふるまいをたくさんしたのだろうと反省しております。

自分の感情をたしかめる

  • 2015.09.30 Wednesday
  • 00:09
慎重に考えて行動したからうまくいった時もあれば、じっくり考えていたらタイミングを逃してしまった時もある。

まずは行動よ、と実践してみたらうまくいったこともあれば、やはりもっと策を練っておくべきだったと反省させられたこともある。

気が進まないけれど人からアドバイスされてその通りにしてみたらだんだんやる気が出てきたこともあるし、
ああ、やっぱり自分が納得してからにするんだった、でもどこにも文句の言いようがないし……とがっくりきたこともある。

相手も人間、いつでも誰とでも100%うまくいくコミュニケーションの方法なんてない……こんな当たり前のことが、いい年になるまで分かりませんでした。
でもそれが実感できてから、人と付き合うのがぐっと気楽になりました。

それともうひとつ。
いま心がけているのは、 自分はどうしたいと感じているのか、本音をしっかり自分自身に問いかけることです。

世の中、思いどおりにできることのほうが少ないですが、「それでも自分はどうしたい?どう感じている?」と胸に手を当てて確かめるのは私にとって大切なのです。

人からよく見られたいとか、他の人から特別と思われたいという気持ちが行き過ぎていないか?

そのような気持ちは誰にでもあるでしょうし、それ自体が悪いとは思いません。要は程度の問題です。

私には相手の顔色を伺い過ぎるという癖がありました。物心ついた頃から。

摂食障害に苦しんでいた10代から20代は、ほぼすべての行動の基準が「相手に嫌われないだろうか」「相手は私を特別な存在としてみなしてくれるだろうか」でした。
それが一番の動機にあって起こした行動は、ますます過食の症状を進行させ、自分の心も身体も傷つけてしまいました。

どうしたって批判されるときはされるし、地雷を踏むときは踏んでしまうし。

そんな時はやっぱり落ち込みます。でも、100%うまくいく方法なんてない、自分の本音をたしかめる……この2つのことが納得できてからは、昔ほどは引きずらずに済むようになりました。

「それでも自分はどうしたい?どう感じている?」

この言葉は、私の相談事にのってくださった親しい先輩メンバーから頂いたアドバイスです。
私の理解するハイヤーパワーからの言葉でもあると受け止めて、これからも生き方の指針のひとつとして守っていきたいです。

あらためて一人のメンバーとして

  • 2015.09.23 Wednesday
  • 18:51
自分の所属するOAグループの役割分担を少しずつメンバーに引き継いで参りましたが、おかげさまで年内にはすべて完了する見込みとなりました。

ひとつのグループを立ち上げた当事者として、もうすこし名残り惜しいものがあるかと思っていましたが、意外にスッキリ、爽やかな安心感につつまれております。

これも心よくバトンを受け継いでくれたメンバーのおかげです。感謝です。

2、3年前にも同じようなことを試みました。
世代交代(と書くとちょっと大げさですが)が必要と考え、当時のメンバーに各係を分担して頂けないかお願いしたのですがうまくいかず、逆にレギュラーメンバーの減少という結果を招いてしまいました。

あの時は個人的にシビアな出来事が重なっていました。今思えば私は精神的にかなり疲れていて、グループ維持のための手続きや手順は決して複雑なものではないのに、なぜか一つひとつを負担に感じていました。

でも、もしあの時にやけっぱちになって投げだしたり、あるいは去っていったメンバーにこだわっていたら、きっとあの時点でグループも私もつぶれていたと思います。

やはり何事もタイミングがあるのだと再認識させられました。

先日のミーティングはあいにく参加できなかったのですが、次の日に会場のお世話役を務めてくれた仲間から「たとえ人数は少なくとも、会場を開け続けて良かった!」という報告を頂きました。

メールを読んで、私がグループを始めた頃の気持ちを思い出させてもらいました。とてもうれしかったです。

一方で、彼女が今回感じたようなサービス活動のよろこびを、もっと早く伝えられたら良かったのだろうとも反省しました。

ミーティング会場を提供する役目を経験して約10年。
これからは居場所を求めてやって来る人と、その人たちを迎える仲間を静かに見守る立場となるよう努力しようと思います。

主治医からは「何かあったときにメンバーから頼りにされる……という存在になれたらよいですね」とアドバイスされました。うんうん。小さな親切大きなお世話、にならないようにしないといけませんね。

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