初夏のお祭り

この冬は風邪ばかりひいていてさえない毎日が続いていたのですが、春になって徐々に体調も戻り、おかげさまでつつがなく暮らしています。暖かくなるにつれて気持ちにも余裕が出てきました。太陽の力、自然の力は偉大です。

そしてもう6月。

私の住む広島市では、今週末に毎年恒例の初夏のお祭りがあります。お祭りを見るにはちょうどよい時間に仕事が終わったので、帰りは回り道をして、歩行者天国をぶらぶらしてきました。

広島ではこのお祭りが「ゆかたの着始め」とされています。平日の夜でしたが、ゆかた姿のお嬢さんたちや家族連れがたくさんいました。明日は土曜日ですから、もっと人出が多いでしょう。

さて、私がこういったお祭りでいつも買い求めるのが、ベビーカステラです。




ふだんはわざわざ買うこともなく、家で作ろうと思えばいつでも作れる(しかも屋台で買うよりうんと安上がりにできる)お菓子。ではありますが、縁日や野外イベントで見かけると、いや、探してでも必ず買ってしまうのが、ベビーカステラなのです。

幼い頃に、母親から買ってもらえなかった思い出があり、他にも美味しいものをいくらでも食べられるようになった今でも、条件反射で買ってしまいます。

子どもの頃の、そのいきさつをブログに書いていたのを思い出しました。あの記事から14年、いまだに同じことをしているとは。いやもう食べ物の恨みは恐い。

帰宅したら夫が「ベビーカステラ、あった?」とニヤニヤしながら聞いてきました。夫とベビーカステラをつまみながら、一緒に野球中継を見ました。

お祭りにはゆかた姿のお嬢さん達がたくさんいて、彼女たちを眺めながら「私も若い時に体重のことばかり気にして引きこもっていないで、友達と遊べるときに遊んでおけば良かったな」と思いました。

でも、時間は戻ってこないし、今こうして夫婦で過ごせているのもじゅうぶん幸せだと感じました。

このお祭りが終わると梅雨入りも近いのですが、今夜はさわやかな、半袖だと少し肌寒く感じるほどの風が吹いています。体が慣れた頃には季節が次に進みますが、今の調子で梅雨と夏を乗りきれたらいいなと思っています。

はや立春

すっかり年も明けて、立春となりました。

ブログで年始のあいさつをひとことだけでもと思っていましたが、昨年末から体調不良が続き、タイミングを逃してしまいました。

原因不明の微熱が数日続き、治ったかと思えば一週間後あたりにまた微熱が出る、の繰り返し。とにかくだるい。

不安になり、かかりつけの病院で検査を受けましたが、幸い異常は見つかりませんでした。

体調も先月半ばあたりから落ち着いてきましたが、さえない年明けとなり、1月はたいしたことをしていないのに時間ばかりが経ったような感じでした。

もし「大あばれしない程度のインフルエンザ」だったら街中や職場でウイルスをまきちらしていたかもしれないので大変申し訳ないのですが(微熱だけで咳や喉の痛みはなかったのでその点は大丈夫だったと思いますが)、ともあれ検査結果に異常がなかったことは体力や免疫力が落ちていることの証明にもなったわけで、健康に年齢を重ねていくことの難しさを感じています。いまからこんな調子だったら更年期はどうなるんだ…。

私は若いときにさんざん自分の身体を傷つけてきましたから、いつ大病に襲われてもおかしくないと覚悟しています。

以前に病院の先生から「一病息災という言葉がありますよ」と声をかけてもらったのですが、身体と心のケアは、自分への埋め合わせとして死ぬまで続けていくつもりです。

今年もブログはスローペースの更新になりそうですが、よろしくお願いします。

子どもの頃の私へプレゼント

子どもたちはサンタさんからのプレゼントを心待ちにしている頃かと思います。

スーパーでもコンビニでも、クリスマスケーキや、かわいらしいカゴや缶に入ったお菓子の詰め合わせが売られています。

私は、あるお菓子を見かけると、自分の子どもの時の出来事を思い出してちょっとせつなくなります。

それはサンタさんのブーツに入ったお菓子の詰め合わせです。
真っ赤なブーツの形をした入れ物から飛び出すように詰められたキャンディやチョコレート。幼い私には、それはそれは素敵に見えました。

私はブーツを指さして、母を見上げてねだりました。

しかし母は「あんなの、入れ物ばっかりよ。高くてもったいない。お菓子が欲しいなら別々に買ったほうがいいでしょう」とバッサリ。

私は言われた瞬間、喉がグッと詰まったような感じになり、何も言い返せませんでした。

以後、次の年のクリスマスが来ても、サンタさんのブーツを見ても、もう口に出すことはしませんでした。

その話を夫にすると「いや、そりゃそうだけどねえ。お母さんも身もフタもない言い方をするなあ」と苦笑い。そのあと、ふと思いついたように「自分で買いに行けばいいじゃない!」と言い出しました。「自分がサンタさんになるんよ。子どものときの自分に、今からプレゼントすればええんよ」

あ、そうか。それはいいアイデア。

ということで、サンタさんのブーツ、買ってきました!










母が言ったとおり、中身のお菓子は少ない。たしかに割高でした。

母は戦中戦後のドサクサを経験してきた世代です。大人も子どもも、どうやって食いつないでいくかを最優先に生きなければならなかった時代でした。せめて我が子にはひもじい思いをさせたくないと、ふだんの食事はしっかり食べさせてくれました。

ただし、お菓子はぜいたくなもの、という感覚がとても強かったのでしょう。とくにオマケ付きのお菓子を買うことには、あまり良い顔をしませんでした。

母が子どもだった時にはアメリカと戦争をしていたわけで、それこそクリスマスどころではありません。私がほんとうに素朴な疑問で「サンタさんって、だあれ?」と母に尋ねたら、「あれは、お家のお父さんやお母さんがなるんよ」という答えが返ってきました。私が3歳のときです。手品がどういうものか分からないうちから、タネや仕掛けの存在をばらされたようなものです。

そんな母ですから、「クリスマスケーキを買うのだから、それでもうじゅうぶん」と考えていたのでしょう。

大人となった今では、母の言いぐさも分からないわけではありません。私だって現在に至るまで毎年毎年サンタさんのブーツを念じながら年末を過ごしたわけでもありません。

でも、小さい子どもに対して、もっと言い方がなかったものかな。「クリスマスケーキは買ってあげたから、お菓子はガマンね」「来年、サンタさんにお願いしようね」とか。

お菓子入りのブーツを買った帰り道、夫の「子どもの時の自分にプレゼントしたらええんよ」という言葉を思い出したとたん、涙が出てきました。家に帰って、夫の前で泣きました。自分でもびっくりしました。もうとっくに気持ちの整理がついて、笑い話だと思っていたのに。

お菓子を買ってもらえなかった恨みではないです。母親から一言断られただけでひるんでしまって、次の年にクリスマスが来てもたとえまた断られてもいいから、自分の「やっぱりほしい」という気持ちを親に伝えられなかったこと。あまりに幼すぎて「そんな言い方をしなくてもいいじゃない」と言い返せるコミュニケーション能力がなかったこと。

夫からは「よっぽど悔しかったんだねえ。これまた、あなたがヘンに記憶力がいいから、お母さんがポロッと言ったことを覚えてるからねえ」となぐさめられました。

ひとしきり泣いた後、夫と意見が一致したのは「サンタさんの物語は、子どもが自然に気づくまで、大事に話してあげないとね」「自分が言われて嫌だったことは、僕らの代で止めないといけないね」でした。サンタさんに限らず、子どもや若い子たちが夢を自分から話したのであれば、それを脳天からハンマーでぶっ潰すようなことをしちゃいけないなと思います。

今回買って帰ったお菓子は夫とふたりで、そして、小さい頃の自分を心の中に思い浮かべながら頂きます。

急がば回れ、の年末 

ついに師走がやってきました。

相手方のある用事だと、なにかと待たされることが続いていて、それなりに年の瀬のあわただしさを感じています。

私には、年末になると心がけていることがあります。それは、外出の時にはいつも以上に周りに注意して道を渡ることです。

というのも、以前この時期に、車にはねられそうになったことが、ほんの数日のうちに2回も続いたからです。

ひとつめは夜勤明けのとき。

私は自転車で交差点を渡っていたのですが、斜め前方、反対側の車線からワンボックスカーが走ってきているのが見えました。ウィンカーを点滅させ、私がいる側へ右折しようとしているのに、スピードをゆるめる様子がまったくありません。

空はすでに明るくなっていましたので、横断歩道にいる私には気がついているはず……?しかし、早朝なので交差点付近には私とその乗用車だけ。

やばいと感じた私は、急いでママチャリを漕ぎました。まだ横断歩道を渡りきっていないうちに、私の後ろでビュン!という音と風を感じました。

その交差点は、ふだんは人も交通量も多く、市内電車も通るところです。昼間ならあんなにスピードを出して運転できるところではありません。

ただ、その時は朝のラッシューアワーにはまだ少し早い時間帯でした。この場所だから車は飛ばさないだろう、大丈夫だろうという思い込みが私にありました。

数日後、こんどは信号もない、小さな横断歩道を歩いて渡ろうとしていたときのことです。

タクシーがこちらへ近づいてきました。フロントガラスごしに運転手さんの表情を見たときに嫌な予感がしました。この間の出来事が頭をよぎり、横断歩道の手前で立ち止まりました。

運転手さんは顔を進行方向にまっすぐ向けたまま、徐行もせずに一気に目の前を通過して行きました。私が視界に入っていたかどうか。

もし私が「横断歩道なんだから車が止まってくれるだろう」とあてにしていたら、悪いタイミングではねられていたことでしょう。

忙しくて、ついイライラしがちな時ですし、周りにもそういう人たちが増えてきます。どんなに気をつけていても事故に遭うときは遭うのでしょうが(イヤですけど)、こんなあわただしい時季こそ、子どもの頃に教わったように「右みて左みて、もう一度右みて、手をあげて渡りましょう」ぐらいの心構えでちょうどいいかもしれません。

できるだけ時間にも心にも余裕をもって、年を越したいと思います。

夏風邪ひいてます

微熱がだらだらと続いています。

なんとなく身体がだるくなる→微熱と頭痛が数日続く→持ち直す(ここで7月前半終了)→ふと寒気を感じる→身体がだるくなる→また微熱が続く←今ここ。……こんな調子で梅雨が過ぎました。体調の良い日(平熱で落ち着いている日)のほうが少ないです。このまま今月が終わりそうです。 

職場やお店のエアコンの温度のせいで身体が冷えるのが原因なのですが、だとしたら他の人も同じように風邪を引いているはずなので、やっぱり私の抵抗力が無いのでしょう。

春のお彼岸を過ぎてインフルエンザにかかってしまったのがケチのつき始めか、身体が本調子に戻らないまま季節が過ぎているように感じています。

とくに今月は半病人のような生活になっているので、予定が全然こなせていなくて焦っています。焦ってはいますが、今すべきなのはしっかり休むこと。夏は始まったばかりなのですが、これ以上こじらせないようにしたいです。

このままだと、夏バテ待ったなし。風邪が治ったら、夕涼みがてら近所を散歩するところから体力をつけていこうと思います。

皆様もどうぞお体おいといくださいませ。

いただきます、の心がけ

街で用事ががあったのですが、最初の用事が予定よりずいぶん早く終わったため、コーヒーショップで時間をつぶすことにしました。

店内は平日の午後でもけっこうなお客さんの入りでした。昨晩の寝不足がたたっていて少しでも休みたかったので、2階の隅っこの席をすぐに確保。ソファに座るなり、壁にもたれかかってボーッとしておりました。

一人で居ると、聞くつもりはなくとも、他のお客さんたちの会話が耳に入ってきてしまいます。

私の席から少し離れたところに、私と同年代の女性グループがいました。声の大きさや態度がなんとも……。「人のふり見て我がふり直せ」とはよく言ったものです。

その一団は帰るときもずっとしゃべり倒していて、私の前を通りかかったときに中の一人が「こんど女子会しようや!女子会!」とまくし立てながら去って行きました。

もう女子会じゃなくて飲み会でいいよ…。

と心の中でツッコんでいたら、ほぼ入れ替わりに若い女の子が静かにこちらへ歩いてきました。私のすぐ隣の席で立ち止まりました。

お見かけしたところ大学生でしょうか。かわいらしいお嬢さんです。お肌トゥルントゥルンだなー。若いっていいなー。

さて、いいな、と思ったのは若さだけではありません。 食事の乗ったプレートをテーブルの上に置いたり、椅子を引いて腰掛けたり、ひとつひとつの物の扱い方がとてもていねいだったのです。
ジロジロ見たら失礼なので適当に視線をそらしていましたが、一連の彼女の仕草にすっかり感心しました。

彼女は一人でお店に来ていたのですが、注文したサンドイッチを食べる前に、目を閉じて少しうつむき加減になって、顔の前でそっと両手を合わせました。そのあとで、サンドイッチをゆっくりと食べ始めたのです。とっても美味しそうに。

ハッとさせられました。

一人で食べる時でも「いただきます」と言う。そんな心構えをすっかり忘れていたからです。

彼女のヘアスタイルや服装は同年代の女の子たちに比べたらずいぶんと地味で、パッと見たら高校生に見えるぐらいだったのですが、だからこそか、よけいに彼女の落ち着いた仕草が引き立って見えました。

そうこうしているうちに時間が来たので、席を立ちました。私もちゃんと「ごちそうさま」をしました。

おばちゃんグループの後に彼女を見たこともありまして、よけいにでも、日頃の心がけが、すべてのふるまいに表れるのだと思いました。

本当にかわいい女の子でした。彼女に良いことがたくさんあるといいな。

人智を超えた力

ここ数年、知人やお世話になった先輩方の訃報をきくことがあきらかに増えてきました。自分も若くないのだと感じます。

私は他人と比べて飛び抜けたスキルがあるわけでもなく、なにか熱烈な使命感を持っているわけでもない。けれど、大きな事故や災害に遭わずに、今こうして生きていられるだけでもありがたい…

と思っていたところへ、またもや大きな震災が我が国で起こってしまいました。

私の住んでいる地域も本震のときは震度4を記録しました。夜中にスマホのアラーム音でたたき起こされ、直後にユラユラと…。結局、明け方まで寝付けませんでした。たった一回の揺れでこれですから、被災された方々の疲労を思うと胸が痛みます。

もう10年近く前になりますが、夫婦で大分から熊本までドライブをしました。休憩のときに見上げた満天の星空と、翌日訪れた阿蘇山の景色は良い思い出です。その晩に偶然通りがかった直販店で馬刺しを買い求め、さっそく宿泊先で頂きました。めっちゃ美味しかったです。

ネットやテレビからの情報ですが、5年前の震災の時に、自分にとってはかなりのストレスだったことに(だいぶ後になって)気がついたので、今回はそこそこの時間で切り上げるようにしています。日々の社会生活に差し障ると本末転倒ですもんね。

あらためまして、一日でも、少しでも早く、被災地の皆さまのご不便が減っていくことを願っています。

更年期の気配が…

毎月かならず「体調がすぐれないウィーク」がやってくるのですが、半年ぐらい前から、自覚症状がこれまでとは明らかに違ってきました。

これは、いよいよ更年期か……。

昔、お世話になった職場の先輩から「40代中盤からの下り坂は、ほんとにドラマチックよ!」と伺ったことがあり、なにより体力とメンタルが人並み以下である私のこと、何か変わったことがあったらすぐに病院に行こうと、前から決めていました。

胸の張りや痛みが強くなってきたのが心配でした。私の母が、70を過ぎてからですが乳がんの手術をしていますし、同じ程度の症状が2、3ヶ月続きましたので、先日婦人科を受診しました。

結果は「異常なし」。年齢による症状の変化でしょう、とのことでひと安心。ただし検診は毎年受けるように言われました。

だがしかし、問題は精神面です。

夜中、とくに理由はないのに、今の現実の生活に何か支障があるわけでもないのに、急に悲しくなって、ぼろぼろ泣いてしまうのです。翌朝になると「はて、なんだったんだろう」という感じ。

困ったことに、この感情の波が「体調がすぐれないウィーク」(はっきり書くと生理前)に関係なく襲ってくるようになりました。

頭では「また波がきた」と分かっていてもスイッチが入ると止まりません。

ああ、やっぱり私は心に出るのか。

ということで、長年お世話になっている精神科の主治医に相談しました。

「うーん…生理の周期が安定しているのなら、まだ更年期とは言わないんですが…まあ、そうしたことが続くのはしんどいですよねえ。どうしましょう。漢方薬がありますが、飲んでみますか?」と言われ、このたび処方して頂きました。

気持ちの問題もあるかもしれませんが、おかげさまで身体の症状はだいぶ軽くなりました。

ただ、「涙ドバー」スイッチはすぐには収まらず。つい2、3日前も鼻水を垂らしながら泣いてしまいました。

昔だったら、これが涙スイッチじゃなくて過食嘔吐スイッチだったのでしょうが、もしそんなことをしたら、もう年齢的に内臓がもたないはず。不幸中の幸いといっていいのか分かりませんが。

今はまだ夫が「おお、またかー」となだめてくれますが、やはり限度があるでしょうし、 そのうち怒りの症状に変化して、夫や赤の他人に八つ当たりするようなことになれば、とんだ迷惑です。それは避けたい。自分が若い時に、そういうタイプのお姉様方から嫌な思いをさせられてきましたし。

しかしまあ、これからどんな下り坂になるのやら。こういう時は、無理に気持ちを上げようとすると逆効果。悪いときは悪いなりにやり過ごすしかないのでしょう。折り合いをつけながらやっていきます。

今年も無事に…

この前CDショップへ行ったのですが、聴き覚えのある曲がどれも軽く10年〜15年近く前のものと分かり驚愕しております。私の脳内時計が順調に狂っているのではないかと思うくらい、一年が早いです。

さて、ここ数年は良く言えば無難な、悪く言えば停滞気味な日々を送っていましたが、今年は久しぶりに公私ともにイベントの多い一年でありました。

旅先も含め、人との出会いも多くありました。
「健康で、心にゆとりのある人って、ほんとに自然に気配りができるんだな」と改めて感心させられましたし、振りかえって、昔の自分が他人に対していかに雑だったかを思い知らされました。

過食嘔吐の沼……ときには妙に心地よく感じられた沼…にはまって15年。なんとか沼から這い出そうと行動に移して15年。

お酒や過食の問題がおさまって情緒も安定してくれば、対人関係のスキルが上がったり、とってもエネルギッシュで前向きな考え方が「自然と」できるようになるのではと期待していましたが、やはり持って生まれた性格があるようで、私は私なりにやっていくしかないのだ、とあきらめがつきました(良い意味で)。

人にまったく迷惑をかけずに生きることはできないけれど、相手の立場になって物事を考えられる人間でありたいし、調子の悪い時であっても、最低限の常識と礼儀をもってふるまえる大人でいたいです。

と、いうことで。

おそらく、これが今年最後の記事になるかと思います。

ろくに更新のないブログですが、ご訪問ありがとうございます。

みなさまにとって、来る年も健康で平安な一年でありますように。

メリットとデメリット

お盆も過ぎ、台風も過ぎ、朝晩はようやく涼しい風が吹くようになりました。
それで気が抜けてしまったのか、夏の疲れがどっと出ています。

先日、かつて勤めていた会社の先輩に声をかけて頂き、何年ぶりかに食事をご一緒しました。 話題の中心は先輩の職場のことでしたが、ここ数年で急速に様変わりしたとのこと。

私がその会社に勤めていたのは、もう10年近く前になります。

決して前向きな理由で辞職したわけではなかったし、先輩からは「やっぱり辞めなければ良かったのに…」と言われましたが、お話を伺いながら、もしあの時に踏みとどまっていたにしても、そんなに長くは続かなかっただろうと思ってしまいました。

しばらくは「辞めたのに、なぜか元の職場にかり出されている。なのに給料がもらえない」とか「会社にたどり着けない、電話がつながらない」いう夢を何度も見ました。
目覚めたあとに、ああ夢か、とホッとしたとたん、動悸がしたものです。

そういえば最近は前の職場の夢を見なくなったなと気がついたのは、昨年あたりからでしょうか。

そういう環境の中で、先輩と一緒に仕事ができた時期が、いちばん落ち着いて過ごせました。

先輩のなにげない一言に気づかされたり、救われたりしたことが何度もありましたし、こうして今でもご縁が続いていることにとても感謝しています。

転職するとき、主治医からは「何かを得ることは、何かを失うということですからね」と言われました。収入が落ちるのを承知で、私は自分の健康を選択しました。
正直、もう少し早くうまく行くようになるかなとは思っていましたが、朝や月曜日が辛くなくなったことは、人生の中でメリットだったと思うようにしております。

近いうちに新しい仕事が加わるかもしれず、そのことが最近の体調にも少なからず影響しているのだと思います。

この年令になって、急に才能が開花した!などとうまい話が降って沸くわけがありませんが、時間を味方につける根気は、若い頃に比べてついてきたとも感じています。

過度に不安になることなく、頭も身体も柔軟に対応していければいいなと思います。