なにげないひとこと

グループの仲間から思いがけなくお礼の言葉をもらいました。

だいぶ前に、その仲間から相談を受けたことがありました。そのときに言った簡単なアドバイスが、よい具合に彼女の助けになったのだそうです。

そのアドバイスの内容は、もともと私がミーティングに行き始めて間がない頃に、年上のメンバーから教えてもらった心構えのひとつです。

何度も行動するうちに、意識せずともそのようにふるまったり考えたりできるようになりましたが、今の私にはもう当たり前過ぎることで、彼女がそんなにホッとしてくれたなんてと、かえって恐縮してしまいました。

そういえば昔の私も、せっかくアドバイスをもらったのに半信半疑だったり、不安だったりしました。でも行動してみたら良い方向に変われたこと、そのときのうれしさを、彼女のおかげで思い出すことができてありがたかったです。

さてしかし、一方でドキリとしました。

「相手へのひとこと」が誰かのお役に立てたのならうれしいのですが、その逆も起こりうるからです。なにげない言葉で他人を傷つけてしまうこともある。それは相手から指摘されない限り分かりません。

他人をまったく傷つけずにいることは不可能ですが、言葉には気をつけなければ、と気を引き締めているところです。

ミーティングの時間帯を変更しました

この秋から、私たちのグループ、OAひまわりグループのミーティング時間を、夜からお昼へ変更しました。

ミーティングの曜日や時間はできるだけ変えないほうがいいのですが、活動を長く続けていくと、子育てや介護など、どうしても家庭の事情でグループ活動との兼ね合いが難しくなるケースも出てくるんですね。

「ミーティングの間は家族の面倒をみてくれる人がいないので、民間のサービスを利用しようか」とまで言うメンバーも出てきましたので、いやいや、この先何年も続くこと、会場係のためにそこまで負担をかけることはないし、かけられないよ……といういきさつがあって、このたびの時間変更となりました。

加えて、この変更をきっかけに、小さい子どもさんであれば、同伴してのミーティング参加もOKにしました。

小学校に上がるまでの年齢ならば、まあなんとか、メンバーのプライバシーに差し支えはないのでは……と考えたのです。

幸い、広島市内には完全クローズド(当事者のみ)のミーティングが別の会場で行われています。どちらに出席したいかは、参加される方に選んで頂くことにしました。
今回の変更を機会に新しい方が来てくださればと思っています。

このブログはほとんど私の備忘録となっていますが、一応ミーティングのご案内をいたしますね。
----------------

広島ひまわりグループ

第1・第3月曜日 13:00〜14:00

東区地域福祉センター

広島市東区東蟹屋町9-34 東区総合福祉センター内

JR広島駅 新幹線口より徒歩15分

  • センター利用者専用駐車場あります(無料)。ただしスペースに限りがございますのでご留意ください。
  • ゴミはすべてご自身でお持ち帰りください。
  • 喫煙は屋外所定の場所でお願いします。
  • ご家族または行政・医療関係者の方も参加できます。ご家族のみの参加も歓迎いたします。
  • ご本人がミーティングに参加するにあたって未就学児の同伴も歓迎いたします。
  • 他に心の問題や生き方の問題を抱えておられる場合でも、「食べることに問題を感じておられる方」であれば、 ミーティングに参加していただけます。
    • ご家族や行政・医療関係者の皆様にも参加していただけるための「オープン」ミーティングです。分かち合いの内容はOA本来の目的を尊重してくださいますよう、ご理解ご協力をお願いします。

----------------

 

なお、「食べ物の問題で悩んでいる」方、ご本人だけが参加できるミーティングは、下記の日時で開催しております。

----------------

ひろしまグループ

エソール広島 803号室広島市中区富士見町11‐6

毎週日曜日 18:00〜19:00

市電(広島電鉄)「比治山(ひじやま)」線 比治山下(ひじやました)電停 徒歩15分/または 広島バス26番・23番 富士見町バス停すぐ/または 広電バス12番 保健所前バス停 徒歩5分

http://oa-hiroshima.sakura.ne.jp/

----------------

 

以上です。

食べ物の問題で悩んでいる方が、見ていて下さるとよいのですが……。

お待ちしております。

節目に思う

私の過食嘔吐がおさまって最後の日から数えて、おかげさまで丸14年が経ちました。

じつは当日はそのことをすっかり忘れていて、仲間から丁寧なお祝いメールを頂いて「あ、そうだったか」と気がついた次第。

その頃に生まれた人が中学生ですよ。 それでも私が過食嘔吐をしていた期間のほうがまだ長いわけで、このような節目のときに振り返ってみても、一言ではたやすく表現できません。

食べ吐きが止まってから、お酒が止まってから、良いことはたくさんありました。そして、しんどい出来事も起こりました。

とくに昨年は、5年、10年に一度あるかないかというぐらいの、

とっても素敵なこと

と、

すさまじく理不尽なトラブル

がいっぺんに起こりました。※宝くじに当たったとか破産したとかいうわけではありません。

それでも調子に乗って飲んだりとか、やけを起こして逆戻りしたりせずに持ちこたえられたのは、昔に比べて少しは要領良く災難に対処できるようになったからかもしれません。
何よりも自助グループや主治医の先生、そして、夫のおかげと感謝しています。やっぱり、ミーティングはいいです。直接その問題を話すわけじゃなくても、メンバーと話すことで気晴らしになりましたしね。

ミーティングに行き始めて間もないころ、何年もお酒を止めている人たちが口を揃えて「今日一日」と言っているのを聞いて、なんでみんな同じことを言うんだろう、もしかしたら他にコツがあるのに、わざと秘密にしてるんじゃないの?などと思っていました。

しかし今は、なるほど「今日一日」だなと感じます。たとえすぐに解決できない問題を抱えていて、朝目覚めて「あー…現実に変化ナシかあ」とげんなりしても、今日一日。

今の自分ができるかぎり、地道に、身体的にも精神的にもバランスの取れた生活をしたいと思います。

…今年は地味でもいいので、穏やかな一年でありますように。

自分の話を出しきるが先

グループとは別のお付き合いの知人から聞いた話。

Aさんは成り行きから、ある聖職者を招いて講演会を主宰することになりました。

参加者と講師との親睦をメインにしたいので、講演会の後に食事会を設けようとAさんは考えました。少人数でゆっくり交流してもらうほうが良いと思い、あえてネットは使わず、クチコミだけで宣伝をしました。

おおよそ見込みどおりのほどよい人数に落ち着きました。申込をしてくれた人に案内はしたし、会場にも確認済み。やるだけの準備はやった。当日はなんとかうまくいくだろう…と思っていました。 ところが。

あれだけ事前の申込が必要だと知らせていたのに、当日になって押しかける人が何人も現れたのです。
ある程度予想はしていたものの、その予想を大幅に超えてしまいました。講演会はまだ良いとして、親睦会は食事の都合があります。

何よりもAさんが驚かされたのは、そうやって急に押しかけてきた人の態度でした。

せっかく来てくださったのだから、なんとか対応してあげたいとは思う。 しかし、希望どおりに対応したのにお礼のひとつもない。悪く受けとりたくはないけれど、来ればなんとかなるわ、おカネは払ったんだからいいでしょ、と言わんばかり。それは社会人のお付き合いとしてどうなんだろう?

あるいは、講演会が終わるや否や講師をつかまえて一方的に自分の話を始めたり、親睦会の場なのに、講師を独占して話しこんでしまう人が何人もいました。

終了後には、イベントの経験が浅いとはいえ、こんなに疲れるものとは…とグッタリしたそうです。

Aさんがすごいなと思ったのは、それでもめげずに以後何年にもわたって定期的に講演会を主宰したことです。

経験を積むうちに、「聖職者から生き方についての話を聞きたいと思ってやって来るぐらいの人だから、他の人への配慮ができる人たちが集まるだろう」という最初の思い込みがそもそも間違っていたこと、いや、そういう人たちもいるけれども、講師の話を聞きたいのではなくて、「自分の話を誰かに聞いてほしい人たち」もたくさん来るのだと悟ったそうです。そういう人たちは、おおむね他人の立場を配慮する余裕がないのだと。

私はAさんのお話を伺いながら、私たちのような病人どうしの集まりならともかく、普通の人たちの間でさえも、その程度のことは起こるのだなあと興味深く聞きました。

私も確実に「困ったちゃん」の一人でした。
ミーティングに行き始めた頃も、人の話なんか耳に入らなかったし、時間配分なんか考えもしなかったし。

ただ、どこかのタイミングで、自分のお酒の問題、自分の食べ物の問題、「そうやってグチグチ他人の批判をする自分ってどれほどの存在よ?」とハタと気づかされる瞬間がありました。正確には覚えてないけれど。

私たちのグループに残る人たちも、人それぞれタイミングは違いますが、そのような経験をしたのだろうと思っています。

ミーティングの数少ないルールのひとつに「クロストークはしない=人が話している最中に口を出さない」というものがありますが、実によくできたルールだと思います。それだけ人の話を聞き続けるのは難しい。人の話を聞いて浮かんでくる自分の感情を受け止め、向き合うのも難しい。

これからも私はミーティングでたくさんの人の色んな話を聞くでしょうが、昔の自分がどうだったかを忘れないでいたいです。

しかし、Aさんの話を聞いて、自分が覚えていないだけで、人様に対して義理を欠いたり、配慮のないふるまいをたくさんしたのだろうと反省しております。

あらためて一人のメンバーとして

自分の所属するOAグループの役割分担を少しずつメンバーに引き継いで参りましたが、おかげさまで年内にはすべて完了する見込みとなりました。

ひとつのグループを立ち上げた当事者として、もうすこし名残り惜しいものがあるかと思っていましたが、意外にスッキリ、爽やかな安心感につつまれております。

これも心よくバトンを受け継いでくれたメンバーのおかげです。感謝です。

2、3年前にも同じようなことを試みました。
世代交代(と書くとちょっと大げさですが)が必要と考え、当時のメンバーに各係を分担して頂けないかお願いしたのですがうまくいかず、逆にレギュラーメンバーの減少という結果を招いてしまいました。

あの時は個人的にシビアな出来事が重なっていました。今思えば私は精神的にかなり疲れていて、グループ維持のための手続きや手順は決して複雑なものではないのに、なぜか一つひとつを負担に感じていました。

でも、もしあの時にやけっぱちになって投げだしたり、あるいは去っていったメンバーにこだわっていたら、きっとあの時点でグループも私もつぶれていたと思います。

やはり何事もタイミングがあるのだと再認識させられました。

先日のミーティングはあいにく参加できなかったのですが、次の日に会場のお世話役を務めてくれた仲間から「たとえ人数は少なくとも、会場を開け続けて良かった!」という報告を頂きました。

メールを読んで、私がグループを始めた頃の気持ちを思い出させてもらいました。とてもうれしかったです。

一方で、彼女が今回感じたようなサービス活動のよろこびを、もっと早く伝えられたら良かったのだろうとも反省しました。

ミーティング会場を提供する役目を経験して約10年。
これからは居場所を求めてやって来る人と、その人たちを迎える仲間を静かに見守る立場となるよう努力しようと思います。

主治医からは「何かあったときにメンバーから頼りにされる……という存在になれたらよいですね」とアドバイスされました。うんうん。小さな親切大きなお世話、にならないようにしないといけませんね。

訃報に接して

顔見知りのメンバーが亡くなったとのお知らせが、人づてに届きました。

県外の方で、もう何年もお会いしていなかったのですが、私の周りにはその方と親しかったメンバーが何人もいます。
遠方のイベントにも積極的に参加されるなど、お元気な姿しか印象になかったのでとても驚きました。

飲まずにあの世に行かれたんだから…と頭ではわかっていも、まだまだ年配と呼ぶようなお年でもなく、モヤモヤした気持ちです。残念です。

そういえば私がたいへんお世話になった先輩メンバーも同じような年代、同じような病気で旅立たれました…。

猛暑続きでクーラーのきいた部屋でひっくりかえっていましたが、AAグループやメンバーとの出会いや関わりがなければ、おいしくもないお酒を飲みすぎてひっくりかえっていたかもしれないわけで(ひっくりかえるだけじゃ済まないか)、地味で平凡な生活ってありがたいんだ、当たり前のことじゃないんだなあとしみじみ感じています。

つつしんでご冥福をお祈りいたします。

先回りしない

グループの運営を次の仲間に引き継いでそろそろ半年経ちます。

ただいま、ちょっとした問題が起こっております。

でも、お任せした以上は先回りせず、口出しせず。ここはぐっとこらえて見守ることにしました。

とはいえ、このままでは初めてミーティングに行ってみようか?いう方々に迷惑をおかけする恐れがあるので、先輩のメンバーに相談して、地元のもう一つのグループに協力していただきました。
おかげさまで、今月はなんとかメドがつきました。

気がついた私がその問題を片付けることもできました。でもそれでは引き継いだ意味がないし、長い目でみてグループのためにもよくありません。

10年前、自分が前面に出て張り切ってグループを切り盛りしていた頃を思い出します。ずいぶんと肩に力が入っていました。

あの頃の熱意と今とでは、うまく言えないけど、かなり違います。

私は私のやり方。仲間には仲間のペース。仕切らない、仕切らない。

いま、待つこと、根気が大事なことを、あらためて学ばされています。

ありがとうと言えた回数

私の地元では、不定期ではありますが、県内の複数のAAグループが協力して、公報のイベントを開催しています。

イベントでは、まだAAをよくご存知ではない皆様…ご家族や行政関係者、学生の皆様にも参加して頂けるように、メンバーの体験談や医療関係者の方のお話のほかに、質問コーナーを設けています。

数年前のイベントでのこと。
その時はなかなか質問が出なくて、司会を務めていたメンバーが、受付名簿をもとに、ある学生さんに声をかけました。

いきなり当てられた学生さんも戸惑った様子で、しばらくの間がありました。やっと出た質問が「あのー、さっきお話に出てたシアナマイドって、なんのお薬ですか?副作用は強くないんですか?」でした。

失礼ながら、話の本筋とは離れた内容でした。

会場にはアルコール依存症の治療に尽力されているお医者さんが何人かおいでになっていたので、すぐに回答して頂いたのですが、仲間の体験をしみじみと聞いていた私にとっては、的はずれな質問としか思えませんでした。メンバーは薬の話をしたわけではないのに、もっと他に感じたことはなかったんだろうか…。

終了後、別のメンバーにこぼしたところ、「そんなものじゃないのかなあ」と言われました。「まだお仕事としてアルコール依存症の患者に関わったことがないんだもの。たとえば『否認の病気だ』と授業で習っても、じゃあ実際に患者が周りの人たちに対してどんな言動をするのか、想像すらつかないんだと思うよ、きっと」

そんなものなのか…。

体験を語った仲間は、私たちとはグループこそ違うけれど、体調の悪いときや家庭の事情がたいへんなときも、めげずにコツコツ通っていたのを知っていました。

人前で話すのがあまり得意ではないにも関わらず、お酒を飲まなくても済むようになった喜びを一所懸命に語ってくれたのに、そのお話に対する質問が薬の名前のことだけなんて…と、しばらくの間こだわりが取れませんでした。

まあでも、そこを察しろというのは、どだい無理な話なんですよね。

時間が経ってみて気づいたのですが、あの頃の私は、自分たちの活動を知って欲しいという気持ちが高ぶるあまり、その意気込みに見合う結果を期待し過ぎていたのだと思います。それもすぐに、目に見える形で。

役に立ちたいのだ!という思いを口実にして、感謝を伝えた人の数よりも、自分を認めてもらえる人の数のほうに気をとられていたとも言えます。

まったく見返りを求めることなく、人のお役に立とうという境地には至っておりませんが、今は「来て良かった」と思ってくれる人が一人でもいればいいな、ぐらいに思っています。

イベントのたびに、お薬の質問をした学生さんのことを思いだします。

ところで、その時の質問にていねいに答えて下さった先生が、先日お亡くなりになられたとのこと。私たちのイベントに、ほぼ毎回参加してくださっていました。とても残念です。

公報が第一の目的のイベントではありますが、医療関係者の皆さんの交流の場になってきているようで、それも良いかもね、と仲間内で話しています。

いつも人手不足で、準備も楽しいばかりではありませんが、今後も無理なくみんなで続けていければと思っています。

ようやくバトンタッチ

一昨年前あたりから、月曜日のOAミーティングの世話役を引き継いでくれるメンバーを探していましたが、うれしいことに今年に入って正式に後任が決まりました。ああ、よかったよかった。

グループ運営についていろいろと相談に乗って頂いていた方からは、地元のグループを存続するためにも、早く次世代の仲間に受け渡すようにアドバイスされていたので、私もひと安心です。

後任のメンバーがやりやすいように、ひとまず毎週開催だったのを月2回開催に減らし、ミーティング会場も変更しました。
この変更によりご不便をおかけする方もいらっしゃるでしょうが、とにもかくにも、無理せず焦らずグループを継続するのが第一なので。

グループを立ち上げて以降、約10年もの間お借りしていた会場には愛着もあるのですが、今後も私は別のグループ活動でお世話になりますし、そもそも「私の」ではなくて「みんなの」ものですから、グループを維持する責任を持ちつつ臨機応変にやっていくのが大事なことです。

あまたある自助グループの中から、たまたま私は12ステップグループに縁があったのだけど、本当に幸運でした。

ただ集まって、はい、悩みを言い合いましょうとか、それだけでどうにかなるような病気ではないもの。

どうやって過食や食べ吐きを止めるかではなくて、どうやって過食に走らないでいるか。

あれだけ長々と続いた過食の症状が、ここまで再発せずに来れたのも、ミーティングがあったから、回復のためのプログラムがあったからだと確信しています。
(それも無償で)

そのうえで、サービス活動……グループのお世話係をさせてもらったのはとても貴重な体験でした。

ミーティングはみんなの居場所だし、だからこそ、サービスを自分の縄張りにしてはいけない。しがみついてはいけない。

新しいメンバーには、その人なりのやり方があるので、これからは縁の下の力持ちとして、余計な口を出さず、グループを見守っていこうと思います。

決断というほどでもないけれど

インフルエンザが流行っておりますが、皆様おかわりありませんか。

遅ればせながらもいいところですが、今年もよろしくお願いいたします。

さて、年が明けたからというわけでもないのですが、私が通っている自助グループのうち、私が運営に携わっているグループについては、お世話役としてのほとんどの役割を後輩メンバーに譲ることに決めました。

私の親も高齢になり、(不謹慎かもしれませんが)近い将来起こりうるであろう出来事をいろいろと考えると、個人的な事情でグループの活動が滞るよりは、まだ時間の余裕があるうちに他の仲間に引き継いでおこうと考えたからです。

グループの係のうち、たとえばミーティングの司会進行など、一回限りで完結するものならば問題はないのですが、ミーティング会場を施設からお借りするときの代表者名義など、ある程度の期間、継続する必要があるものとなると、なかなか後任探しが難しいのです。

私たちのグループは摂食障害……心の問題を抱えた当事者どうしの集まりです。ミーティングに参加するのは、自分の食べ物の問題をどうにかしたくて、悩みごとを打ちあけたくて足を運ぶ人たちです。

他のイベントサークルやボランティア団体のように、みんなで楽しいことを一緒にやろうとか、誰かの役に立ちたいという動機で集まる人たちとは、スタートが違うのです。

私たちのプログラムが合っていると思い、グループに残ってくれる人は、いずれは私たちと同じ心の問題を抱える人たちに、少しでもお役に立ちたいと願うようになります。

しかし、初めてミーティングに来る人たちや、症状がおさまってから、さほど時間が経っていない人は、まだまだ余裕がありません。私もそうでしたから。

2年前、当時のメンバーにこの話を持ちかけたときにはタイミングが悪かったようで、残念ながら淡い期待は期待のままで終わってしまいました。

あれから参加メンバーもすっかり変わりましたし(あの時のお願いごとが原因じゃないと思いたいんだけどなあ)、今度は大丈夫だろうと思い、年明け第一回目のミーティングで直々にお願いをしました。

役割を譲るからといって丸投げはしませんが、今回は私もあえてしつこく?説得を試みようと思っています。その後は神様仏様にお任せです。

春先にはなんらかの結果が出るでしょう。なんにしろ、新しく来てくれる方々が犠牲になるようなことだけにはならないよう、配慮したいと思っています。